ジャカルタの日本人が思うこと

ジャカルタ在住15年の日本人が思う、日本とインドネシアのいろいろなこと。

LGBTを撲滅せよ?:「寛容な国」の不寛容な一面

最近、インドネシア国外のメディアでもインドネシアLGBT差別が報じられる機会が増えてきた。

外国を親日反日かで判断するようなネトウヨ論法は大嫌いだが、幸いなことにインドネシアでの日本のイメージは良好で、私自身が直接差別を受けるケースはあまりない。だが、多民族国家インドネシアは異民族との交流に慣れており差別が少ない、というような時折見られる評価は必ずしも正しくないと思う。

まず、黒人は露骨に差別されている。ガタイが大きくて怖いから直接言わないけど、黒人=犯罪者、乱暴者というイメージが定着している。同じインドネシア国民なのに華人を「血も涙もない無礼な金の亡者」、パプア系を「未開の野蛮人」として差別する人は多い。一方で華人系もイスラムに対して敵愾心を持つ人がいる。最近では中国の経済進出や離島の領有権問題などで、中国人に対する反感も強まっている。

でも、圧倒的に差別されているのはLGBTだ。人種差別はまだ「本当は悪いこと」という意識もあるけど、LGBTは宗教的な禁忌であることで、「否定することが正しい」という空気すらある。

 

www.newsweekjapan.jp

www.afpbb.com


ジャカルタのあちこち、特にモスクの前のような場所に「LGBTは撲滅すべき疫病だ」なんて書かれた横断幕が目立ち始めたのは5年ぐらい前からのように思う。私が初めて見たのは、都心に近いタナアバンの大きなモスクの前だったが、目を疑い戦慄したのを覚えている。

ちょっと前にもニュース番組の特集で「同性愛の罠」というタイトルで、性的マイノリティの人がインターネットを通じてパートナーを探す実態を取り上げていたが、「ネットを通じた麻薬取引」のようなハナから同性愛を悪事として扱うものだった。

もちろん日本でもLGBTに対する差別意識を持っている人なんていくらでもいるし、個人の感覚としてそういう人がいても仕方ないとも思う。でも、それが酔っぱらいの雑談のレベルじゃなくて、立派な経歴の宗教指導者が複数で運営しているだろう大きなモスクや全国放送のテレビ局が公然と差別を行い、さらには「LGBTを禁止する条例を作る」なとど言い出す政治家さえ現れ始めた(彼らは批判どころか称賛される)。これは今までとはレベルの違う話になってきたと感じる。

LGBTの人たちを「治療施設」にでも押し込んだ後は、飲酒者を罰するのだろうか。そのうち「撲滅すべき」対象が「外国人」「非イスラム教徒」に置き換わって、私も攻撃されるのかもしれない。現時点でそこまで考えるのは心配しすぎだと思うけど、長い目で見たらどうなるか分からない。実際に既に物理的な暴力を受けているLGBTの人もいるのだ。

 

 

とはいえ私は外国人で、いざとなれば帰れる国がある。本当にかわいそうなのは、インドネシア国籍のマイノリティだ。一部の富裕層を除けば、この先どうなろうとどこか他の国に、自分が差別を受けない場所に逃げることができない。差別を受けながら、自分の信条や信仰を押し殺して一生を過ごすのはどれほど苦しいことか。想像するだけで胸が痛くなる。

近代的なリベラリズムには自分が社会のどの位置に生まれても耐えられる公正性を重視する。要するに、「もし自分が性的マイノリティ(宗教マイノリティ、外国人、障害者)であっても、自分はこの社会で幸福に生きていけると確信できるか」ということだ。

有史以来、完全にこの公正を達成できた社会は存在しないだろうし、日本だってひどいものだろう。それでも理想として目指すべきであり、宗教だの伝統だのアジアの文化だのを口実に差別を正当化することは許してはならないと思う。